お伊勢さんに正式参拝した話

「イヤーコーニング」という不思議な手技療法を私に教えてくれた師匠は
若かりし頃、伊勢神宮舞姫をされていた方である。
その師匠が、ある時「伊勢神宮正式参拝ツアー」なるものを
企画して下さった。


私は、大学を卒業してすぐに三重県で職を得て、長いこと住んでいた。
伊勢市周辺の地域でも数年間仕事をしていたので、
お伊勢さんには何度も参拝していて、なじみ深い場所だったが
正式参拝はしたことがなかった。


facebookの投稿による、ツアー参加者募集の案内の文章は
正確には覚えていないが、確かこんな意味の文言が書かれていたと記憶している。
「朝一番に参拝します。皆さんに『ある音』を聞いて欲しい。」
一度は正式参拝したいと思っていた。
よくわからないけど、あの人の案内でお伊勢さんに正式参拝が出来るなんて最高だ。
絶対行かなくては。
かくして私は、喜び勇んでそのツアーに参加することになった。


2泊3日のツアーは初日から盛りだくさんで
まずお伊勢さんの別宮である瀧原宮に参拝し、
美味しく美しいお料理を頂き、
夜は森の中の宿で、
寝る前に思いがけず師匠にちょっと厳しめの説教をくらう、
というありがたいおまけまで頂いた。
2日目は伊勢青少年研修センターという施設で研修を受け
夜は翌日の参拝に向けて、皆で五十鈴川に入って身を清めた。
修養団の方々が、白い装束を準備してくれて、
寒い中、川に入るための注意事項を説明してくれて
(参拝したのは確か11月だった)
川まで案内してくれて、着替える場所まで用意してくれて
暗闇の中、先に川に入ってぼんぼりを照らして待っていてくれるのだ。
なんとも、至れり尽くせりである。
正式参拝以外の行程について、事前に案内を受けていたはずなのだが
私はちっとも目を通していなくて、
びっくりしたり、嬉しかったり、笑ったり、びびったり、震えたりしながら
いざなわれるがままに皆の後をついて行った。


そして、最終日の朝。
私たちは正装をして朝一番、正殿の扉が開く前に伊勢神宮の正宮に向かい
整列してその扉が開くのを待った。
しばらく待っていると、神官の方がやってきて、いよいよ扉が開く。


その瞬間、私は確かに、何か、ものすごく大きくて圧倒的な何かの気配を感じて
同時に、なんだか知らないが、涙があふれて止まらなくなった。
頭を垂れていたので周りは見えなかったが
私たちの列のあちこちから嗚咽や鼻をすする音が聞こえていた。


その圧倒的な気配と共に私が感じていたのは
「私は『在る』ことを許されている」という感覚だった。
しかもそれは全くの無条件で
私がどんなに愚かでも、未熟でも、誰かより劣っていても、
自己中でも、意地悪でも、無能でも、
その「許可」には全く、ほんの少しも関係が無い。


それまでに、そういうことを言葉で誰かに聞いたり
あるいは本で読んだりしたこともあったような気がする。
「神様は許している」と。
へー、そんなもんかな、と思っていた。


でも、その時、お伊勢さんの正殿の前に頭を垂れて立ち尽くしながら
私は確かにそれが「わかった」。
私は神様に、在ることを許されている。全くの無条件に。


時折、思い出すたびに目と鼻の奥がぎゅっとなるその感覚が
今でも私に生きる勇気をくれるのだ。